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ひと、人、ヒト

仙台市内からのメール「見ている人」と「見られている人」の思惑が異なる

 これは、「マスコミを通して見ていることと」、「見られている人たちが見て感じている世界」とは異なっている事例です。
 「震災地をそうでないところの人が見る場合」も、「そうでないところの様子を震災地の人が見る場合」も、相互にマスコミを通すことで歪曲した印象を持ってしまっていることに、これを読むと気づきます。(中村景子)

以下、仙台市内に住む方からのメールです。



 震災から一週間ですが、何となく生活に慣れてきた感があります。モノがあふれた生活から一瞬にしてモノ不足の世界に変わってしまいましたが、家族は元気ですし、食料も水も確保出来ているので特段の不便はありません。

 現時点で感じている雑感ですが、「地震」被害、「津波」被害、「原発」被害の三つは別物です。報道は、津波と原発に集中しており、これでもかと悲惨な画像が流されていますが、地震被害だけの地域に関してはそれほどでもありません。実際、津波被害の地域の映像を見ると、私自身も「支援しなくちゃ」と思うほどです。


 不安心理から東京や大阪で買い占めが出ていると聞いています。報道を見ていて思うのは、テレビは、「撮りたい側が撮りたいものを撮りたいように撮る」ということです。「地震」→「大災害」→「悲惨な画」というイメージに合うものを流しています。もちろん、家が流され、暖房のない避難所に多くの人がいるのは事実です。でも、市内のパチンコ店でパチンコをしている人がいっぱいいることも事実なのです。ダイエーに6時間人が並んでいるのは事実ですが、町中の小さな野菜売り場で、並ぶことなくキュウリやリンゴが買えるのも事実です。自分の住んでいる地域に災害が起こるとモノがなくなると考える心理は、多分にイメージ操作されています。


 福島県の知事が、テレビで「正確な情報に基づいて冷静に行動すること」を呼びかけています。今一番必要な情報は、①どの程度の数値の被爆が人体に影響をあたえるのか、②原発周辺の各地の放射能の数値がどの程度なのか、そして、③その時々の風向きがどうなっているのか、の三点です。原発の構造を詳しく説明するのは学者の世界でやっていればいい話で、その地域の人々が求めている情報ではありません。どの程度の放射能が、どの地方まで拡散しているのかが分かれば、人々の不安は解消します。おそらく、福島県知事自身、どんな情報が必要なのか分かっていないのではないでしょうか?地域の長として、泣き言や抽象的な話をするのではなく、もっと具体的な発言をするべきです。


 もう一つ、これは完全に愚痴ですが、政府と保安院と東京電力が別々に会見する必要はありません。政治主導か何か知りませんが、原稿を読むだけの会見に意味はありません。枝野さんには別の仕事があります。情報を分散化することで時間がかかります。管さんも現地視察はしても仕方がないので東京で指揮するべきです。情報は、現場を知っているプロが発信すべきです。


 「避難所の状況」は、確かに人々に「かわいそう」という感情を揺さぶるのに都合がいい画像です。でも、本当に必要なのは、なぜガソリンや食料が届かず、どういう取り組みが進んでいて、いつ頃に届くかという見通しです。バスを待つ人の列を撮るなら、どの路線がどんなタイムスケジュールで運行しているかも報道すべきです。「見ている人」と「見られている人」の思惑が異なっています。

 以前からマスコミには違和感を覚えていましたが、今回、その原因が少し判明した気がしています。○○への転勤などが迫っており、あまりのんびりはしてられないのですが、めったに遭遇できない経験なので、色々勉強したいと思います。


 最後に、今の状況に最も不満を抱いているのは、子どもです。元気が有り余っているのに遊ぶ場がなく、エネルギーをもてあましています。こういう時だからこそ、学校に集めて友達と交流させてやるべきです。テレビは、元気が出る番組を放送すべきです。笑いを届けるべきです。「困っている人がいる時に不謹慎」という考えは間違っています。悲惨な状況の人に合わせて、みんなが悲惨な気分を味わう必要はありません。何より、苦しいときにこそ、人には希望や笑いや楽しみが必要だと思います。

 震災地から離れた人が発言すれば、怒られそうですが、私も一応被災者なので、言いたいこと言わせてもらいました。

【追記あり】おーー原研哉さんだ!

本日夜の「爆問学問」は原研哉さん

無印良品の原さんですよ。

見ねば!!

NHK23:00から


【見終わって】

やっぱ、かっこいいいいい!!

シンプルを究める原さん、いいわーー。

日本の簡素の美は応仁の乱の後からって話はなるほどです。

銀閣寺、茶の湯、間、ふむふむ。


そして、なんと来週は、、、、長谷川眞理子さん!登場!!!
タイミングいいんでないかい?!

  

タクティールケア

 10月7日(日)6時半~TBS系「夢の扉」で、CAMUIロケットのN田先生はじめロケットボーイズが紹介されるようなので、その予告編を見ようと一週前の「夢の扉」を見ました。

 目的の予告編はなかったのですが、昨日は昨日で“すんばらしい”内容にいたく感動いたしました。

内容はスウェーデンの認知症患者へのケアで、
「タクティールケア」について紹介されていました。
http://www.tbs.co.jp/yumetobi/backnumber/20070930.html

スウェーデンの介護先進国ぶりが前半にあり、考え方、デザイン共にいたく感動いたしました。
そして、後半に紹介された「タクティールケア」は理にかなっていると直感しました。
それにこれからものすごく必要な考え方(接し方)であることも感じました。

紹介されていたグスタフ・ストランデルさんはスウェーデン大使館の人で
スウェーデンの介護を日本に紹介することをシゴトにしている人で、
この人がまたよさそうな人なんですよ。

講演会とかもやっているみたいです。
会ってみたいです。

参考になりそうなサイト
http://www.jsci.jp/care_t.html
http://www.kaigoyobou.org/ninchi/sweden01.html
http://www.clubeko.com/taktil.htm
http://www.maihamaclub.co.jp/ninchi/t_care.html


さて、さて、10月7日の「夢の扉」、とっても楽しみ!!!
先日のNNNドキュメント見ても思ったのですが、「実際に会うホンモノはもっとかっこいい」ことはわかっております。

またもすごい人、見っけ!

 「科学の鉄人」って知ってます?
 http://www.sci-fest.org/

 簡単に言うと科学教育に関する指導技術を競うコンテストです。このイベントで2連覇した方がなんと札幌にいらっしゃいます。

 
人は彼を 「科学の鉄人サカイ」と。

 科学の鉄人というイベントは前から知っていたのですが、今年の初めにM姫さまのCoSTEP修了作品制作の指導をされたのが、なんとその北海道立理科教育センターの境先生だったとは後から知りました。
追記:(この方も斜里町出身です)

 ほんとに狭い業界でございます。

 そして、その境先生を噂でしか知らなかった私は、この9月に行われたジオ・フェスティバルをお手伝いさせていただいたことでお近づきになれました。

 さらに!サイエンスアゴラで境先生のプログラムのオーガナイザーを偶然にも主催サイドから依頼され、運命を感じております。

 そして、やっと、やっと、本日、境先生が2連覇されたサイエンスショー(?)をビデオで初めて見ることができました。それも境先生と一緒に。

 見た印象。


 
しぶーーーーーい!!!!!!!

 これ、サイエンスショーって?
 えーーー!?!!?!!?!

 目からウロコ

 どう言ったらいいんでしょう。。。。

 地味なんですが、見終わってジワーーーーっと効いてくる温感シップのような効果があるんです。構成や要素を分解して検証してみるとさらにそのすごさがヒシヒシとわかり、、、やられたーーー!!!と。

 こんな感想では、まったく内容がわかりませんね。

 そこで、

 体験されたい方、サイエンスアゴラ26日(2日目)の午前中、今だ題名が決まってないメディアホールの【F-2-1】に乞うご期待ですよ!

 本日の取材をもとにサイエンスアゴラ用のプログラム名と説明文をつくらないとです。急がねば!!

 
すごい奴は最後にやって来るのだ。が、はははは、、、

ときどき道案内してもらってます

 お仕事しながらふと不安になるときがあります。これでいいのかな?と。

 依頼のあった仕事や役割を請けようか迷うときがあります。なにか道しるべがほしいなぁと。

 そんなとき、ちょっとのぞきに行くサイトがあります。

 生命誌研究館・館長の中村桂子さんの「ちょっと一言」

 月に2回、中村桂子さんの本音が読めます。

 久しぶりに行ってバックナンバーを読んでいて、2006年9月1日付けの「いつも本物でーかけ声と数字は結構」を読み、ドキッとしました。(どの記事にもドキッとさせられるんです。中村桂子節はいつも気になります。)


(引用)
  「科学は文化であり、科学の表現が重要だ」ということを声高に言う方がふえてきました。これはBRHがずっと基本にしてきたことで、今更とも思いながら、もちろんこの方向に行くのは歓迎です。ただそのような発言やそれに基づく行動を見ていると、あるべきというような形のものが多いのが気になります。それはこうあるべきとしてできるものではなく、日常の中での本物としてしかできないことだと思うのです。


 「あるべきという形にとらわれている」というか、「あるべき形」を自らが語りはじめていないかと胸に手をあててみますと、、、ちょっとイタイんですね。

 さらに、この文の続きに「季刊「生命誌」の50号の岡田節人前館長との対談をぜひお読みください」というのでリンクをたどって読んでみると、もっとイタイことが言われていました。

 あーー私はまだまだ何もわかっちゃいなかったなー、薄っぺらだなーとしみじみ思いましたね。

 この時期に読んでおいてよかった!

 ひとつ、ひとつ、「品」と「質」と「つながり」のある仕事(活動)の仕方をして行こうって改めて思っちゃいました。丁寧に、丁寧に、、、、そして奇想天外に。



 余談:そういう意味では「ペンギンカフェ」はいい線行っているかも知れない。意義や内容ばかり考えていた時には気がつかなかった「人の営み:つながる」が湧いてきている。それは意義を超えたスタイルが気持ちよいからなのではないだろうか。かつての18世紀のサロンもそうだったのかもしれないですね。

 科学の話題はパーティのカナッペぐらいの存在でしかなく、みんなつながりたい、おしゃべりしたい、それもしゃれたスタイルでというのが潜在的な動機なんじゃないのかと。
 先日、主催者7人(1羽を含む)で話していて、ペンギンカフェが新たな事態に差し掛かって来ていると思ったのもまんざら間違いじゃないかもしれない。「あるべき形」を追求しない実験だからおもしろいことが起きるんだろうな。

脱!おひとり様強化月間(年間?)

 ワタシじゃありません。
 M姫です。
 最近の姫の「最強のおひとり様状態」に私は危機感を募らせております。

 ことの発端は、先週の土曜日にジオ・フェスティバルの準備に一緒に行った時のこと。M姫が

「先週の土曜日はペンギンカフェの準備、日曜日は国際顕微鏡学会、今週の土曜日はジオ・フェスティバルの準備とこ~すてっぱ~ずサロン、日曜日はジオ・フェスティバルです。土日はコミュニケーターにいそしんでますね」

 と申されたので、ワタシは焦ったのです。(ついでを言うと全部私も一緒でした)

「そ、そ、そんなんでいいのですか?デートの「デ」の字もないではありませんか!!」と怒り気味に言うと、しゅんとしてしまったM姫。

M 「そうなんですぅ。。。。まずいですかねぇ。。。。」

私 「お若いのによくないです!おじさんやこどもとばかりコミュニケーションしてないで、若い男子ともコミュニケーションしてください!」(きぱっ)

M 「だって出会いがないんですもん。。。」

私 「待っていてはダメです!あーーーして、こーーーして、、、で、そんでもって、、とにかくまずは友達作りましょうよ。。。」(ガミガミ。。。)

 最後には私に謝るM姫でした。


 さて、ジオ・フェスティバルのボランティアに、若い学生さんや先生方が多くいらしてました。見ているとM姫はちっとも友達を作る様子がないので、「だめじゃないですか!日ごろから心がけないと!」とドツクと、「はっ!忘れてました!」と姫。

 夕方行われたジオ・フェスティバルの打ち上げ懇親会でも、M姫の前にせっかく若い男性(国○地理院の方)が座ったのに、ずっと地図の話してるので、私がオバサン力を発揮して、

「サイエンスカフェってご存知ですか?ご興味があったらぜひ!」としゃしゃり出て、

「連絡先おしえてくださればご招待いたします」と言って、

「私は名刺がないので」と言って、M姫と名刺交換してもらいました。

(となりに天文Y佑氏がいてへんな図式だったが気にせず)

 後からM姫に「こうするんですねぇ~」と感心されたんですが、私が思うにいない暦○年のせいで若い男子とのコミュニケーション力が鈍っているのではないかと。危機的状況ですよ!

M 「でも、タイプじゃないかも。。。」(名誉のために言っておきますが好青年でした)

私 「何言ってんですか!友達がいるかもしれないじゃないですか!だから、お友達も誘ってって言ったんですよ!」(またもガミガミ)

M 「でも若すぎるかも~。。。」(自分は17歳とかくだらないうそを言うくせに・笑)

私 「リハビリが必要です!最初から大当たりを狙っている場合じゃないです!」(きぱっ!きぱっきぱっ!)

私 「いざ、お友達になれたとしても、科学の話と職場の愚痴しか話せない女子になっていたらその後がありませんぜ! プレ更年期の講演会なんぞに行っていてどうすんの!それにコミュニケーターなんだから(よくわからない理由)」

 大体、うちで晩御飯食べている場合じゃないです。うちの子に「M先生、今日お泊り?」とか、うちのおじいちゃんに「家族みたいですね」と言われて、居心地よさそうにしていてはイカンとです!

 というわけで、

 脱!おひとり様強化月間(年間にならないことを祈りつつ)として、特に若い男子のいるイベントにM姫をお誘いくださいますよう、私からもお願いいたします。

星の思いは招く

「息子は小学生のころから星が大好きだったの。それから科学実験とか言って、よく部屋でいろんなものを作っては私に見せてくれたんですよ。あんまり科学が好きなので、“つくば博”にも連れて行きました。でもその子は星になっちゃったんです。」

 ナガオトシコさんは、今から22年前に当時18歳の息子マサミ君を交通事故で亡くされました。

「大学行きが決まった春休みにこれから一人暮らしするのだからお金のありがたみを学びなさいとアルバイトをさせたんです。その帰り道でした。アルバイトに行かせたことを悔やみました。」

「それからです。息子はどうしてあんなに星が好きだったんだろうって思い、私が星にのめり込んだのは。当時、弱っている私達の家業に同業社に付け入られまいと、ものすごくつっぱって仕事していました。だから星を見る時間はほっとできる時間でした」

 そして、トシコさんは星好きが高じて、なんと自宅ビルの屋上に天文台を作ってしまった。今から10年ほど前である。夜になると息子さんに会いに行っていたのでしょう。

 今日はその天文台にまつわる出会いのお話です。

《出会いのきっかけ》

 先週の月曜日にCoSTEP応援団の例会に参加。終わりかけにCoSTEP同期生の天文家・ワタナベさんに「ナカムラさん(Salsaの別名)、天文台いらないかい?タダだよ」と声をかけられました。

「望遠鏡じゃなくて、天文台ですか???」

「あと7日で壊しちゃうんだよ。誰かもらってよ」

 40センチのレンズ、3メートルのドーム付き、500万円相当のすごい代物だと聞き、ちょっとほしいと頭がよぎりましたが、うちでは使いこなせないなと思いました。大体、うちの屋上では三方をマンションとビルで囲われてますからもったいないのです。

 それにタダとは言え、輸送費や設置に何十万もかかりますし、メンテも必要です。

 この時点ではどういったご事情で手放されるのかわかっていなかったのですが、とにかくもったいない天文台の引き取り手を捜したいというワタナベさんの気持ちに応えたいと思いました。

 そして、ひらめいたのが植松電機の植松専務。このブログではもう3回も植松専務語ブ録を書いていますので、ご存知の方もいると思いますが、北海道赤平市の町工場で、本業とは別にCAMUIロケットと共に宇宙開発しちゃってすごいことになっている植松さんです。(私にとっては、5号館のつぶやきブログさんが最初でした)

 植松さんはいつか学校も作りたい、こども達が夢を持てるようなきっかけを作りたいとおっしゃっている方です。そんな植松さんと大平原で赤平の子たちが星を見ている風景を想像しました。

 植松さんなら天文台を活用してくださるのではないかと思い、その夜すぐにメールを打ちました。前の週に講演会で名刺交換させていただいたぐらいの面識しかない私がこんなお願いしていいのかなと迷いつつも書きました。「天文台いりませんか?」と。

 すると、翌朝「関心あります」とのお返事。(嬉)
 さっそくワタナベさん、植松さんと電話やメールでのやり取りがはじまりました。そして、そこで初めて天文台の切ない事情を知りました。

 天文台をつくったものの、ご夫妻は歳と共に活用できなくなると判断。ビルの看板を下ろす工事と一緒に下ろしてしまおうと決められたそうです。トシコさんはあわてて天文台の貰い手を探し始められました。いろいろあたられてふと思い出したのが、トシコさんがかつて行った白老町での「流星群を見る会」で知った天文家・ワタナベさん。
 さっそく本で探してみたり、新聞社にも問い合わせてみたりして、最後に科学館でワタナベさんの連絡先を教えてもらい電話されたそうです。

《植松さんの意思》

 事情を知った植松さんは「何の迷いも無くなりました。天文台をいただきます。そして大切に使います」とおっしゃってくださいました。

 取り外しの工事まで日にちがないということで、急遽天文台を見に来ていただこうとなりました。ワタナベさん、ワタナベさんの天文仲間、植松さん、私と主人がナガオさん宅に集合したのは、メールを打ってから3日後でした。

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 実物は私が思っていたよりも立派で大きなものでした。ですがドームや望遠鏡をどう壊さないように解体して下ろすのか、古いOSでしか動かないソフトや仕様をどうするのか、いろいろ問題がありました。

 ですが、植松さんは「すでにこどもたちが集まれるような工場を赤平に建ててあります。そこの屋根に載せましょう。」と意思ははっきりされていました。
 そして、トシコさんに「たくさんの子供達に星を見てもらいます。大切に使います」とおっしゃっていました。

 そのことばにトシコさんも「このご縁は息子がつなげてくれたものですね」と喜んでいらっしゃいました。

《願い》
 自動車社会がもつ負の側面と、無免許などというモラルの無さが生んだ事故。このようなことが繰り返されないことを願っています。
 生きていてこその夢。科学技術や医療が夢や命を奪うことがないよう監視する目と心を忘れないでいましょうね。

《天文台は赤平へ》

 昨日、お父様のナガオさんから「無事、望遠鏡もドームも傷ひとつつけずに下ろすことができ、赤平へ行きました」とご連絡をいただきました。
 今回のことは、CoSTEPの仲間を通して、道新にも取り上げられ、今朝の社会面に載りました。

 今日、トシコさんにお電話をいただき、

「私ね、ほんとにうれしかったんです。心の豊かさをもらいました。星になっちゃった息子だけど、ワタナベさんや植松さんとの出会いをつくってくれたんだなって思いました。たくさんのこどもたちに星を見て欲しいわ。」

「昨日、つくば博に息子を連れて行った時の写真を見ていたら、ロケットと一緒に写っている写真があったんです。実は生きていたら植松さんと同じ歳なのよね。だぶっちゃって。。。ありがとう、ほんとうにありがとう」

 私こそ、ありがとうございました。ワタナベさん、植松さんに科学技術コミュニケーターのひとつの姿を見せてもらいました。切ないけれどステキな出会いをありがとうございました。
 そしてトシコさんに何度も「ありがとう」って言ってもらい、このことばに支えられながら、私はこれからもやっていくんだなと思いました。

 赤平で“植松天文台”ができた暁には、トシコさんと赤平に行きましょうねと話しました。ワタナベさんには星の話してもらって。

思いは招く(3)

(6月25日のつづき)

6月22日の四木会で聞いた「植松さんの講演」より

●ロケットが自社にもたらしてくれたもの
ロケットは会社の事業ではなく、まったくお金をもらわないでやっている。就業後にロケット作りに携わって一年半がたったが、社員が「お金では買えない喜びを得ました」と言っている。そして、本業が傾いたらロケット作りもできなくなるので、本業もがんばるようになり、いろいろなことを勉強するようになった。

メディアに紹介されるようになると、社員が親戚などから「ロケットつくっているんだって」とほめられ、それがまた嬉しいのだ。

そして、わけのわからないことにチャレンジする勇気を持ち、「それやったことないからやってみよう!」と言うようになった。

●人工衛星をつくるようになり
CAMUIロケットの一番いい所は、「安価でできる」というところ。そして、今S先生と作り始めた人工衛星も材料費だけなら30万円でできてしまう。では、なぜあるところが作る人工衛星は何億もするのか。それは、部品ひとつひとつに実績がないと使えないことになっていて、リレーひとつでも「このリレーは飛ばして大丈夫だった」という実績があるからという理由だけで、古くて大きく重たいものを使うことになる。それではいつまでたっても小型化軽量化はできない。
そして、大きく重たい人工衛星を打ち上げるので、ロケットも大きくなり、莫大なお金がかかるのだ。
現在作っている人工衛星は手で持てるほど、とても小さいが十分な機能をもっている。

●CAMUIと人工衛星
それぞれ違うプロジェクトだが、一緒にやることで、相互に経験や知識が役立つし、片方の先生が思い悩んでいたことが、もう片方ではいとも簡単にやっていることだったりする。

●無重力実験装置をつくる
日本にある無重力実験装置で実験を依頼するととても高い。そのため何度もできない。そこで、「つくってしまおう」ということで、つくった。これだと1ドロップコストは3万円で済む計算。


Salsa:この無重力実験装置は6月23日完成記念式典をしたそうです。

植松さんはN先生と協力してロケットをつくろうとなった時に、N先生に「お金はいっさいもらわない!」と約束したそうです。大学の研究費に集まる中小企業ではなく、大学の研究を使える中小企業になりたいと。カッコイイ!

私はこの日の前日まで、「いろいろ動くとお金がかかるなー」と思って、助成金をいろいろ探していたのです。「どこか活動資金をくれないかしら」と。でも植松さんの話を聞いて、ちゃんと儲けて、それを活動資金にしようと思いました。講演の後の参加者1分スピーチで私が

「助成金を探すのはやめました!」

と言ったら、とある一角の方々が嬉しそうにされていて、後で行政関係者の方だったことが判明。「いや、そこに喜んでいただくために“いらない”と言っているわけではなくて。。」(笑)

植松さんがその後でもおっしゃっていたのですが、「公共事業のお金をもらっていると首根っこつかまれて、身動きとれなくなるし、それが止まった途端に会社潰れちゃうから」と。

科学技術コミュニケーターも、大学の研究費の10%といわれているアウトリーチ予算頼りでは同様になっちゃう。そこで、M姫と「コアな稼ぎをどうすればいいのか考えよう。そして夢をもとう」と話していて、

「そうだ!大学をつくろう!」

となりました。これロケットをつくるのと「できなさそう」でははるでしょ。

植松さんも似たようなことを考えていて、「学校をつくりたい」と思っているんですよね。たぶん、今の大学や学校を反面教師的に考えている点では同じコンセプトなのではって思っています。
M姫は塀の中のこともどうにかしたいって思っているけど、塀の外でなければ実現しないだろうなと思っていることもあるんですよね。だよね?

まず、ハコモノがないとできないと思っているところから脱皮しましょ。思い込みを捨てていけば、本質が見えてくるってもんでしょ。(かるい?)

(まだまだつづく)


ちなみに今日、ご縁があって(ご縁をつくってかな)植松さんに会いました。ほんとに「思いは招く」です。今日の出会いについては、あるものが完成した暁にお話したいと思います。

思いは招く(2)

(6月23日のつづき)

●植松さんのおばあちゃんのことば
戦争で一瞬にして財産を無くしてしまう時代を生き延びたおばあちゃんが自分に言ってくれたことば。

お金があったら本を買いなさい。
お金を知識にしてしまえば、誰も奪えない。
その知識で何か新しいことをやれば、利子よりもよっぽど価値がある。


  Salsa:このことばは効きましたぁー

●請求額にゼロをひとつ足されている大学や研究所
JA○Aからミニチュアのロケットを展示用に借りた時のこと、
タダで貸してもらえたが、運送費が30万円だという。
同じ業者に自分で見積もったら3万円だった。

依頼主が宇宙なんとかとか、○○研究所というだけで、ゼロをひとつ増やされている。
そして、その額を疑うことなく払っているのだろう。

●同様に
大学のある先生の研究室が材料や機材を買おうとしていた時、「納品が遅い」ともらしていたので、まったく同じものを自分が見積もらせたら、安い上、納品日も早かった。大学というだけで、業者が民間同志の価格や納期とは差別していることに気づく。

  Salsa:だろうなと思えてしまうところが悲しい。ゼロ一個増やされても気が付かないのか、それとも予算消化のためにも払いたいのか?

(つづく)

思いは招く(1)

昨日はM姫経由でリエゾンマンさんのお誘いを受けて「四木会(よんもくかい)というビジネス勉強会に行ってきました。
(第四木曜日に行うので「四木会」だそうです。)
お誘いを受けたのが前日、めずらしく体調もすぐれなかったのですが、お話をされるのが「植松電機専務」と聞いて、即答で「行きます!」とお返事しました。

この植松努さんのことは、まず5号館のつぶやきさんブログで知り、

その後、テレビ番組「北海道ひと物語」の再放送を見ることができ、

「この方いいわーー」と思っていた矢先に

北海道のCAMUIロケットの永田先生のお話をサイエンスカフェ札幌で聞き、

すっかり私の「モノづくり」魂を呼び起こされていたのです。(えらそうな魂でもないのですが。。。)

「町工場でロケットをつくる」と聞くとたぶん「まさかー」と思われると思うのですが、そのまさかをやっているのが北海道の旧炭鉱の町・赤平市(あかびらし)の植松さんたちと、北大、そして男・植松専務&永田先生に惚れた方々です。

植松電機の本業は「バッテリー式マグネット」で、解体資源から鉄資源を選別してくるマグネットを作って、日本シェア90%、前年度利益○○%増という、それだけでもビジネス勉強会で聞く価値のある実績のある方です。

ところが、本業とはまったく別に、CAMUIロケットを作られているのです。(カムイとはアイヌ語で「神」のことです。) 今では無重力実験装置と衛星もそれぞれのプロジェクトの先生方とつくっています。

このCAMUIロケットプロジェクトはすっかり北海道の誇りとなりつつあります。(と思う)

だいたいこういった面白いプロジェクトは「人」です。そしてそれは昨日のお話を聞いても確かめられました。

100分のお話を再現はできませんが、リエゾンマンさんのブログ式のように心に残ったキーフレーズですが、自分の反芻のために列記してみます。(私のメモノートより)

この方のお話、ぜひみなさまにお勧めします。私のちょっと長めの人生の中で、こんなにインスパイアーされた話はそうそうなかったように思います。その衝撃が少しでも再現できれば幸いです。でも。。。人気者になって本業と副業ができなくなったら。。。と周りの方々は心配しております。

~最初は本業の会社のお話から~

●なるべく売らない 量産しない
稼働率を下げる 稼働率100%でないと回らない会社にしてしまったら、ちょっとでも売れなくなったらつぶれる

●高く売る
高いけど安いものにする

●言われたものを作らない
お客に負けない知識を常に身につける

●値引きをしない
値切る人は本当は欲しくない人
似たようなものを作ると当て馬される

いらないという人にはあげてしまう
自称・ブラックジャック商法
しかし、次には買ってくれる

●媚を売らない、へつらはない
欲しく無い人には買ってもらう必要がない
媚を要求する人間は絶対に失敗するから付き合う必要はない

★こんな商売のスタンスですが、会社は年々利益を増やしている。
大事なのは、安売りする必要のないものをつくること

自由時間が作れなくて、何も学べない仕事なんてしない方がいい
今の技術でできる仕事なんてつまらない

~子供のころから空にあこがれて~
ゼロ戦を作った堀越二郎にあこがれる

●こどものころ「将来の夢は飛行機をつくりたい」と言ったら学校の先生に「飛行機なら東大だろう。お前には無理だ」と言われた。
しかし、「ライト兄弟は東大出てないだろう」と思っていた

成績があがらないのに「飛行機つくりたい」と言いつづけていたら、不憫に思った母親が自分にくれたことば、それが

「思いは招く」

だった。

~北見工大から三菱重工へ~

人材派遣をいち早く取り入れたのは航空業界だった

CFD、空力解析、超並列、CG キャディアを熟練

●F2戦闘機の設計

戦闘機は実に安全にできていて、操縦士を無事帰還させる工夫がされている。旅客機は怖くて乗れない。のでずっと海外旅行はしたことがなかった。

●ヘリコプターの設計をして、試運転した時
もし飛んでいったらどうしようということになり、地面に固定した。すると固定したバーが折れ傾き、ローター部分が接地し壊れてしまった。

あとで、1940年のヨーロッパの文献に「ヘリコプターの実験をするときは地面に固定してはいけない」と書いてあったのをみつけ、昔の体験を活かしていなかったことに気づく。
と、同時に同じように固定して失敗した奴がいたんだと思った。

●新幹線 700系の設計
JRに各社がプレゼンに行った時、自分達は粘土でつくった模型を持って行き、一番地味であった。他社はデザイナーに書かせたパネルで新幹線の横にトラの絵があったり、明らかにそんな溝入れたら音がうるさいだろうといったデザインを持ってきていた。

結局、空洞実験の結果、自社の設計が採用になった。

その時思ったのは、
「もののことわり」いわゆる「物理」を知っている人がデザインしなくてはいけないなと思った。
デザインと意匠は違うだろう 以後デザイナーを信用していない

●ボンバルディア グローバルエクスプレスを設計した時
お披露目の日におじいさん達が来た
誰かと聞いたら「YS-11」(日本が作った飛行機、プロジェクトⅩにも取り上げられた)の関係者だった人たちだと。

このおじいさん達が新しいボンバルディアを見た瞬間、「ディープストールで着陸できない」と言った。その時は何のことかわからなかったが、調べてみると尾翼にジェット噴射があたりディープストールが起きる可能性があることがわかり、おじいさん達のことばは正しかった。対称的にぽかんとしている若い設計者たち。

その時、日本はすごい財産(日本産飛行機設計)を継承することなく捨ててしまったんだと思った。

これがきっかけで日本の航空業界を辞めることにして、赤平に帰ってきた。

(つづく)

今までの中で一番か二番に長いエントリーになりそうなので何回かにわけることにしました。