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科学技術

macからGmailに送られたwordファイルの添付が開けられない場合のとりあえずの解決方法

 現在進行中のプロジェクトで、Gmailの一アカウントを情報収集用に使用しているのですが、macから送られてきたであろうwordファイルがどうしても解読できる状態に変換できずに困っていました。文字コードもWord上でいじってみたもののダメ。
 さらにmacで開いても読めないというのですから、これはGmailによるものなのか?そんなことがあるの?うーーん。

 まったく同じファイルを直に私のアドレスに送っていただくと、Wordファイルはしっかり読めるのです。えーーやっぱりGmailのせい??

 試しにファイル名を半角英数字に変えてもらいましたが、NG!(これはapple mailと全角のファイル名の添付は相性が悪いとのネット上の情報を頼りにしてみて)

 このままでは解読不能だった添付ファイルを私に直に送りなおしてもらうしかないとがっくりしていたのですが、、、

 ふと思いついて、GmailをPOPを使ってパソコンで受信させてみました。それも使ったことのないOutlook2003を使って。(GmailのPOPが使用できるメーラー一覧に私の使用しているBecky!がなかったので仕方なく)

 すると、GmailのWEB上では「noname」としか表記されなかったwordファイルがなんとOutlook2003ではwordファイルとして認識されwordのアイコンマークが出るではありませんか!その上、ファイル名も表記されている!
 これはイケル!と思いあわててクリックしてwordで開いたところ・・・がーーん、失意の文字化けの嵐。ダウンロードして保存してもダメ。
 またもがっくりでしたが、またふと閃いて「秀丸」で開けてみました。もちろん同様の文字化け。しかしめげずに、エンコードをいろいろ試していくと、な、な、なんと「Unicode(UTF-16)」で文字が読めるようになったのです。前後のバイナリーみたいな部分は記号だらけですが、中身のテキストさえ読めればこっちのものです。

 ひとり歓声をあげたのは言うまでもありません。

 実はwordでは「Unicode(UTF-16)」に指定することができないのですが、秀丸の選択肢の中にはあったのです。えらいよ!秀丸ちゃん。

 解読できましたが、一体これは何が原因だったのかは私の能力ではわっかりっませーーん。
 こういう勘だけで問題を打開する様子を、時々目にする隣人は私をたいへん怖がります(笑) 幸い学会に出席のため、子供たちも連れて大阪の実家に帰省中です。

 他にやりようがあるのかもしれませんが、とりあえず「macからGmailに送られたwordファイルの添付が開けられない場合」はお試しください。

 

あなどれない紙飛行機

 今日のニュースでピクっと反応したのが、こちら。

 東大が「紙飛行機」実験・・・宇宙から無事帰還できるか

 さすがに普通の紙ではなく、高温に耐える特殊な紙を使用し、さらにガラス加工して耐熱性を高めているとのこと。

 不思議なのは国際宇宙ステーションから飛ばしたとして、どうやって地球にもどってきたとわかるかですよね。
 発信機着けたらバランス悪くなりそうですよね。
 たくさん飛ばす?それとも巨大なのをつくる?

 他にもペーパークラフトの飛行機も試してみてほしいですわん。

二酸化チタン

 二酸化チタンという触媒は紫外線があたることで触れている表面のよごれを分解します。
 その効果を利用して、二酸化チタン入りの壁材や、屋外の電灯カバーなどをつくれば、
 よごれが分解され、あとは雨水が流してくれるというもの。
 実際、すでに使われているとのこと。丸ビルの壁はそうですって。

 科学は好きでも、化学はちょっとー。。。のSalsaは、触媒ってイマイチ仕組みがわかってないので「摩訶不思議!」に思えてなりません。

 ネタ元は、本日創成研でいただいた「ナーノの冒険」というDVD。ナノテクノロジーやナノの世界をアニメで解説してくれるもの。登場人物の子どもが「ショクバイ」っていうことばを違和感なく使っていることに違和感がありましたが、コンテンツとしてはけっこうおもしろかったですよ。

 5歳児と11歳児と見ました。長男君、すでに「ニサンカチタン」ということばをゲットしておりました。たいへん勉強になりました。

しみ、そばかす消せます

 春に個人的にご依頼のあった友人夫妻のお店のホームページ作成。

 とりあえずのは春からアップしているのですが、体裁を修正し、写真、できれば空き状況なども加えるというのが手付かずでいました。(ごめんよ~)
 いわゆる、ホームページのリフォーム作業です。

 けっこうまとまった時間に集中しないとできないので、この3連休になんとか進めたいと思い、まずは写真加工からはじめてみました。

 夫人の顔写真は、ほくろ、しみ、そばかす、小じわ、目のクマなどを無くし、全体に明るくしておだやかで若々しくしました。作業を簡単に言うと画像上の「皮膚移植」です。一応言っておくと、元もいいのですが、「さらに」良くしたと言うことです。(^。^)ゞ
 ご主人のは、うっすらと青く見えるほおのひげをぼかしました。

 さらに背景の壁に垂れ下がっている紐や、床のコード、窓の外のハンガーのようなものなど気になる諸々も消しました。

 このお店には友人諸氏からプレゼントされた山下清の素敵な絵があるのですが、フラッシュをたいて撮ったらしく、ガラスの真ん中に反射した白い光が残っています。これも消しました。そして、ガラスの中にあるとは見せないように処理をして色合いも修正しました。実際のサイトには小さく載せるのでこの程度の処理で十分だと思います↓

Before (クリックすると大きくなります)
Dscf0022_1











After
(全体的に白くもやをかけてあるのは、サイトの中で写真を際立たせないためにわざとしてあります)
Art02













 もうこーなってくると、写真はどうにでもなってくるというか、ちょっとした後ろめたさとおもしろさが入り混じってきます。(笑)

 出来上がった写真をBefore&After両方添付して、友人夫妻に確認してもらったところ、「実際の私の顔のしみやそばかすも取って!どうやるの?」と返事が来ました(笑・できたら苦労しないよ。それが化粧や整形ってやつです)

 こんな処理はDTP&WEB業界では当たり前の処理ですが、これを論文に載せる写真でやると捏造ですのでやってはいけません。(これまた当たり前)
 ただ、やられたら見抜くのはすごくたいへんだと思いますね。

 お天気悪くて、もみじ狩りには行けないので、家でぼちぼち作業してまーーす。明日は晴れるかな?

RSSリーダーって便利

ブログを始めてみると、他の方々のブログも読むようになりました。
始めて間もなく、コメントをたどって行ったり、そこに来ているトラックバックをたどったりするうちに、あっと言う間にCoSTEP関係者&受講生の方々、また科学技術コミュニケーションに関心をもっていらっしゃる方々のブログを見つけました。

最初は「お気に入り」にURLをチェックしていて、毎日それらのブログが更新されているか、否かをサイトに行ってから確かめていたわけです。この方法だとチェックするブログが増えれば増えるほど手間ですし、せっかく行っても更新されていないとさびしかったり。

まもなく、自分のniftyのwebメールのサイトで「RSSリーダー」の存在を見つけました。そういえば「RSS」という印をよく見かけるし、ホームページにも最近はよく付いているのは、なるほど「更新してますよ印」だったんだ、そしてそれを判読してくれるのが「RSSリーダー」だったというわけなのねと、感心しました。

現在は毎日少なくとも1回、RSSリーダーで「更新してますよ印」が付いているブログやニュースサイトなどを読んだり、見たりしています。なので印が付かないところにはまったく行かなくなるわけです。

あと、ときどきですが、「キーワード検索」というのもやってみたりします。これは昨年5号館のつぶやき様の講義で教えていただいた「gooのRSSリーダー」についている機能をつかっています。

例えば、「科学技術コミュニケーター」とか「CoSTEP」とか、その単語に近いことばをキーワード登録しておいて、検索すると、その単語を含むブログがヒットされるというものです。

私が登録しているキーワードには単純に探す単語もあれば、ちょっと隠れていても探し出す単語までいろいろなパターンを考えて入れています。

これで、新天地を見つけることもあります。で、気になるブログだとRSSリーダーに入れておきます。見つけたとしても何もかも登録すると読みきれないので、私の場合はRSSリーダーには40件ぐらいが登録されていて、そのうちの更新されているものだけ読むようにしていると、1日だいたい10件ぐらいでしょうか。題名を見てスルーしてしまう時もあるので、じっくり読むのはさらに少ないですね。

RSSについて(wikipediaより)
概要

上記の様に"RSS"という語には、名称の異なる複数の規格が存在しており、それぞれ記述方法や用途が異なるために、多少の混乱が見られる。

日本においては、普及しているRSSのほとんどがRSS 1.0を用いているため、一般には、RSSはRDF Site Summaryとして認識されている。RDFとはResource Description Framework の略である。

ウェブログでの更新情報の配信として用いられている場合が大半を占めているが、新聞社などのニュース配信サイトでは最新ニュースを、テレビ局・ラジオ局では番組情報を、その他各種企業においてプレスリリースや新製品情報、サポート情報を、RSSを使ったヘッドライン情報として配信する事例も増えている。また、音声データファイルを公開するための方法であるポッドキャスティングにも使われている。

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ブログは忘れてくれない

五号館のつぶやき(stochinai)様

お世話になっております。先日は3月のサイエンスカフェ札幌の相談に乗って頂き、本当にありがとうございました。私のような生物音痴にもたいへん丁寧にご教授していただいたこと、たいへん光栄に思っております。

さて、今年もあと数時間。あーー、行く年来る年。。。今年もいろいろありましたぁ。。。なんてのんきにしていたら、あちゃーー!まだありましたね!宿題!
ずいぶん前になりましたが、11月19日のつぶやき様の演習で出された課題「ブログにできないこと」についてのレポートをトラックバックしなくちゃです。締め切りは年内、そう今日までと記憶しております。


■ ブログは忘れてくれない ■

昨今のホームページとブログの比較は、以前私のブログ「11月21日/WEBサイトは使いよう(HPとブログ)」というエントリーで簡単ですが書かせていただきました。ブログとは、もともと万能につくられたシステムではなく、むしろやりたいことを特化したシステムですので、探すまでもなくできないことは多々あるかと思います。

そんな中で、今はできないと思っている技術的なことは、需要と技術の進歩があれば、来年の暮れぐらいには当たり前にできるようになっていることでしょう。

では、3年ぐらいしてもできそうに無いことを想像してみます。
「ブログで論文を書く」というのはたぶんできないでしょう。誰が最初に発表するかを競争している世界ですから、研究者は、どうしても密室で論文を書かなければならない。ですからブログで論文を公表しながら書くなんてことは考えられないはずです。

それでも、web+log(日誌)でblogとなったように、web+paper(論文)でbaperなんていうシステムが生まれるかもしれません。論文の引用が相互にネット上でリンクされていたり、ツリーのようにつながっていったり、「育つ論文(研究)」のイメージです。
さらに、読み手の読みたい言語で読めるようになっていたり。夢のような論文コミュニケーションです。論文制度が、人類の知の創造と共有に対して少なからず弊害をもたらしていた呪縛から解き放たれるかもしれません。

しかし、そんな論文制度を認める太っ腹な学会は3年経ってもできないでしょうね。

半永久的にできそうに無いことも想像してみます。
私がブログをはじめてすぐに感じたことは、「簡単に始められるが、簡単には止めにくい」ということでした。

自分のエントリー(記事)に対して誰かからトラックバックやコメントをいただくとそのエントリーは無くせないなぁと思うわけです。
また、誰かのエントリーに対して自分がトラックバックしたエントリーも無くせないなぁと思うわけです。

ブログはひとりで完結したサイトではなく、トラックバックをひとつでもいただくと、自分のブログはブログネットワークの片棒を担いだ状態になります。

それ以上エントリー(記事)を書き足さずに自分のブログをほっておくこともできます。ですが、トラックバックやコメントをいただたことで、読者がいることを意識し始めます。すると、次のエントリーも期待されていると思うのです。
そんな期待に応えたくなる気持ちにも後押しされ、またエントリーする。また、トラックバックやコメントをいただく。

そうして、自分のブログはそうそう易々と止めることができなくなっていきます。ブログを止め、エントリーをすべて消す操作はいたって簡単ですが、飼い始めてしまったペットのようになり、止め難いのです。

そんな個々のブログが増殖するブログシステム全体もまた、そのシステムが始まった時にひとつの運命を背負ったと思います。それは、ブログシステムを終わらせることができないということです。

個々のエントリーはビックバン後の宇宙のごとくふくらみ、つながり続けていきます。宇宙の営みが果てしないように。ブログも終わることができない営み(システム)なのではないでしょうか。

記憶媒体技術は容量を増やし精度をあげ急進化します。そのため、ブログのビックバンを易々と受け入れてしまうことでしょう。しかし、そんなに残しておくのはいいことなのでしょうか。

増え続ける記憶を抱え込む未来は、ヒトが持つ「限られた情報から推測する力、想像する力」を弱めてしまうのではないかと懸念します。

また、忘れることは負の作用のように思われがちですが、ヒトは忘れることで大事なことを際立たせ、くじけず前に進める生き物なんじゃないでしょうか。脳では忘れていたことを、外部記憶が残しつづけるのってシアワセなのでしょうか。

そして社会全体も、個人が亡くなっても、その個人の膨大な記憶や記録を残し続けるようになる。脳死の反対「体死」のようになり、肉体は滅んでも脳(記憶・思考)だけが生きつづける文明ってどうなのかなと思います。

(以上をもって宿題提出とさせていただきます。)


2005年10月から始めたこのブログにお越しくださいました友人の皆さま、CoSTEPの教員の皆さま、受講生の皆さま、偶然めぐり合えた皆様、
ありがとうございました。みなさまに幸多かれとお祈りいたします。

さあ、まもなく2006年です。On your mark!