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2011年1月

新発見ばかりが科学じゃない

新たな法則や材料を見つけるのはもちろん科学の真骨頂なのだけど、

さまざまな化学物質、エネルギー、薬品、食品、食料などを安定供給するのも科学のすごさだと思います。社会に科学の恩恵をちゃんと届ける仕事です。

ひさしぶりに生産現場で働いている方のインタビューをすることになり、その活躍ぶりに感動したのです。

がんばっている人を見るとエネルギーもらうわ。

【クリップ】おっしゃれーでステキな最近のお気に入り動画

最近のお気に入りです。見るたびに発見があります。曲もステキ。





こちらはN木さんに教えていただきました。




こちらはテンションをあげたい時に。音楽が着き始めたのは今年からなのだろうか。前年までのようにBGMが無いのとはすごい違い。シュミレーションしただろうと思うとどんなプログラムなのだろうかとそっちにも興味がわく。裏方を知りたい。

法人化1年が経ちました

スペースタイムが法人化してちょうど1月7日で一周年。


私としては感慨深いものがあります。



しみじみ。。。。


やってみないとわからないことってたくさんありますなあ。

変わらないといけないこともたくさんありますなあ。


2周年が迎えられますように。

 

衛生用アルコール

重い。

重いぞ。


年末からずっと気分が重い。


いよいよ私も・・・


いや、違う!!


最近アホなことで発散していないせいだということに落ち着いた。


やわらか楽しい飲み会を脳が欲しているのだ、きっと。


精神衛生!

  

「所有」から開放されると

自炊の記事や電子書籍のお話を読みながらいろいろ想像してみました。


家の本をPDF化して情報を吸い取った抜け殻は単なる紙として処分できます。

慣れないうちはモノを捨てることへの罪悪感もあるかもしれませんが、メモリとしての所有感を逝ってしまった紙への弔いとして乗り越えていけそうです。「PCの中で生きているよ」


思うにこのPDFにはコピーガードがありません。

高くて重たい教科書を買わねばならない大学生が「コピー頂戴」というのはありえること。

こづかいの少ない中学生がマンガの「コピー頂戴」というのもありえること。

ここで似た感覚を思い出します。

かつてレコードやCDをテープやMDに入れて、それをダビングして友達にあげたり、もらったりしたこと。

で、レンタルビデオ、レンタルCDが登場して、テープやMDという媒体を買ったりダビングする手間を考えると個々がレンタルするほうが安価になり、友人間であげたりもらったりすることが無くなりました。レアなもののコレクション以外、ビデオやCDを所有することが極端に減ったのです。

そう思うと紙で持っている本はかつてのレコードみたいだし、電子書籍はCD、もしくはダウンロード楽曲のような位置づけになるかと。


この時点では、ビデオも音楽も書籍も、まだメモリとしての所有感を残しています。

例えば、同じ音楽のデータが大勢の人たちのダウンロード先のPCに存在しているはず。メモリのフォルダーイコールパソコンの中の本棚やビデオ、CDケースのようなもの。

さて、この電子的所有感も、無くなっていくのでしょうね。脱所有感への道。
コンテンツのクラウド化が進めばこの各個別のメモリも必要なくなっていきますもの。たったひとつのソースに対してアクセス権を持てば、いつでもどこでも見れる聞ける読めるようになり、インターフェースとネットさえあればいいってことに。(インターフェースもとてつもなく変貌するでしょうね)


そうなれば多様に増えてしまったWEBブラウザーも、musicplayerも、Readerも、さらにインターラクティブなアプリまで標準化され、まとまって行くのかな。それともその逆?

書籍、映像、音楽というカテゴリーの境界線も無くなっていき、さらに自分でオペレーションできるコンテンツなどというものが進むのかな。そうなるとゲームにも近いわけで、、、

所有という概念が無くなるとコピーというのも無くなるのではないでしょうか。
アクセス権の貸し借りという問題があれば、今度は「個人」を特定できるシステム、もしくはアクセス毎の小額課金制の導入ってことになるのかもしれません。一回10円とかでも100万回アクセスされれば1000万円。ダウンロードよりはるかに安い設定。もしくは会員制。(すでにありますね)

所有することから開放されると、ビジネスも生活もノマド化へ。飛んで、産業構造までも変わっていくんじゃないかしら。

なーーんて、なーーんて。

  

抜けてる雑煮

雑煮にニンジンと大根を入れるのを忘れました。

なんか足りないなぁ、、とは思ったもののスルーして食べました。

夜になってひと様の雑煮の様子をテレビで見て気がつきました。

忘れたこともさることながら、何が足りないか思い出そうとしなかった自分にショックです。



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