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今年のダークは今年のうちに

いろいろありますよ。

楽しそうにやってますけど、時々、理不尽なこととか、わけわかんないこととか。


今年の「ちゃぶだいひっくり返したかったアワード」第1位は、

あるコミュニケーション関連のプロジェクトを純粋にボランティアでお手伝いしようとしたら、

そのプロジェクトのお一人に呼び出されて、「あなた、私たちの成果を盗むつもりなんじゃないの?」と面と向かって言われたこと。


?はあ????なんですとぉ??


そのプロジェクトの成果を論文にする際に、名前を連ねてほしいから自分たちに近づいたのではと疑われたのです。聞くと、実際にそういう人もいるらしく、「お前もか」と疑われたわけです。

この疑いには、ドびっくりいたしました。考えたことも無かったんですもん。

私がお手伝いしようと思ったきっかけは、そのプロジェクト内にお世話になっている方がいて、その方から直接頼まれたから。恩返しと思い、お金もないというのを採算度外視でお手伝いしようと表明した矢先のこと。こちらから名乗りを上げたわけではなかったのに。それでもこの警戒心のすごさには、○○○○○○の世界ってコワーーと。まあ、どの世界でも自分の手柄をとられるのは嫌でしょうけど、、

あたし、そこ狙ってないから!!


発言されたご本人自身、アカハラの犠牲者だとおっしゃり、だから人を疑うようになったというのです。でも、これ、人に対して失礼な発言をする理由になってないと思うのです。

ふと思い出したのは、子供のころ虐待されて育った人が親になって、嫌だったはずなのに自分の子供を虐待してしまうという連鎖が起きやすいという話でした。桑原桑原。やさしさの連鎖も信じて、自分がまず断ち切らないと。


学術的成果として認められることや、自分をイジメた人を見返すことに執着するあまり、何か大切なことを見失ってやしなかと心配です。過去の痛みが相当エネルギーになってるみたいでした。
そんなバリアをつくってコミュニケーションの研究できるのかしら。コミュニケーションなのに、研究対象にすると、こんなことも起きうるんだーと、がっくり。


誰が為のコミュニケーション研究なのかな~。取れたデータや、知見は、巡り巡って社会のためになるのかもしれませんが、目の前の人とのコミュニケーションの延長上にある社会を想定されているとは思えなかったです。もしかすると自分を外に置いて、客観的にコミュニケーションを見ようとされているのかな。


時を同じくして、私は実践(戦)的アプローチを発展させようと法人化を考えていた頃だったので、私のスタンスを確認するいい機会とはなったんですけどね。私自身がコミュニケーションの要素であり、触媒であり続けたいと。

今年のダークは今年のうちにつぶやいてみました。


この一件、続きがあって、とても貴重なcoldsweats01体験をしました。そして、ある法則を見つけてしまったのでした。それはナイショ。


「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」(魔女の宅急便)


    

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