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「私」の散文

 「別に派遣という働き方が悪いわけではないだろうに」と、毎度短絡的且つ誘導的なニュースを見ていると思ってしまいます。

 派遣はりっぱな働き方のひとつ。ところが働く側の選択肢のひとつとして「あえて派遣というスタイルを選択」していた頃に比べ、近年雇う側の都合によって拡大し「致し方なく派遣というスタイルを選択せざるおえない」という人が増えていると思われます。

 そして、派遣スタイルの拡大によって雇用される側とする側の意識が隔離され、そのことが数々の弊害、事件の原因のように捉えられることも増えました。ですが、もともと派遣の需要と供給をここまで成立させている要因というのもあるわけで、それは、「公」と「私」の意識の散逸(どこに線引きするかがバラッバラ)にあるのではないかと想像するのです。飛躍して見るならば、他の社会問題の根源とも成りうることかなと感じています。

 そして、この「公」と「私」の意識の散逸(←多様化などというゆるい表現をしたくない)を助長したのがネットだと踏んでいるのですが、いかがなものでしょうか。 別にネットを悪いなどとは思っておりませんが、散逸する考え方、生き方、働き方が言語によって表面化され、仮想の尊重、価値、共同意識も進む中で、ホンモノの現実社会の体制(教育を含む)が追いついてないというのが一凡人の印象です。それは決して「規制」して切り捨ててしまうことではなく、積極的に受け入れていきながら秩序をつくっていくことであってほしいと思うのです。

 火を持ち、石を持ち、鉄を持ち、・・・ネットを持った人類が、これをオペレートできるのか否か、秩序が生まれるか否かの過渡期だと「今」を捉えると、ネット社会学の研究進展は必須かなと思います。すごく興味深いでっす。

 あっ、また話が散逸しましたね。いつも構造化させることなく終わらせてしまい、失礼いたします。

  

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コメント

いや同感です。

「正社員への雇用促進」だの、
「努力次第で正社員への道も!」だの見ると

「そんなに勤め人がエライのかよ~!」とか
「そんなに管理しやすい労働力を増やしたいか!」とか
思わず憤っちゃいます。(^^;

さらには個人事業主への無理解!
(あたしゃこれでやむなく派遣社員扱の契約になっちゃいました)

確かに長い不況下で不当労働が常態化したが故の保護政策なのは理解できるんですが・・・

某電機屋さんの専務も仰ってるように、自分自身の仕事に対する総合的な意識を高めない限り、日雇いだろうが正社員だろうがカモられるのは同じだと思うんだけどなあ・・・

駅でディズニーランドが25周年というポスターを見て、「そうか私も社会人になって25年か」と思いました。自分がはじめて就職した会社はディズニーランドのスポンサーのひとつだったため、オープンまもない時期に割引入場券で行った覚えがあったからです。その当時から派遣制度もあったし、アルバイトもあったし、働くスタイルは様々でした。ところが能力主義が走りすぎたあたりから、雇用する側のノウハウが引き継がれなくなったのではないかと推察します。簡単に言うと仕事のさせ方、現場での人の育て方が下手になっていると感じるからです。(もちろん上手なところは伸びているわけです)
突け放されて、自力で生き残るのに必死だった人は、次世代にも同じことをやらせてしまいます。「自分でやれ」と。育てられたことがない人は育てるノウハウがないわけです。職場という「場づくり」もできない。能力のない人が自分を守ろうとすることはひとつ。自分よりも周りを下に置いておく事です。もしくは自分を超えるはずのない人を周りに置いておく事です。そうやって次世代はさらに次世代を育てる能力が薄くなっていく。
そんなのこれからわんさか増えますよ。きっと。think
人を人として育てられない会社や組織が多くなってきているのかもしれませんよー。

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