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むしろ、年代別ポストが必要なんじゃないのかな

 こうのとりのゆきかご、別名赤ちゃんポストについて考えています。
 そのものについてもいろいろ考えさせられますが、先日の3歳の子が置かれたというニュースを見て、もしかしていろんな年代のポストがあったらどうなんだろうと思いました。
 苦慮する青少年ポスト、心労で自殺しそうな中年ポスト、介護に行き詰った老人ポスト。。。。もちろん赤ちゃんポストとは別のところですが。

 「死」というドアを開けてしまうのではなく、「ポスト」のドアを開けるという選択肢があるというのは、「死」に至る前の閉塞感に穴をあけてくれるのではないかなと。
 一端死んでみる、一端殺してみるというのは取り返しのつくことではありません。ですが、一端ポストのドアの向こうに行ってみるという行為はできます。戻ってこれる可能性を持って、一端いなくなってみて、しばし時間を持ってみることができる。ドアを隔てた世界に離れて初めて「生」について、存在について知ることができだとしたら、悪くない療法だと思うのですが。

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