crossline

« なぞなぞの答え | トップページ | 今朝の妄想から転じて »

人を殺すヒトというイキモノ(修正あり)

 人を殺すヒトとは何か。。。

 妹を殺し、これでもかという程残虐な形にしたヒトについて考えてみた。

 実のこどもを殺すヒトについても考えてみた。

 そして、あらゆる「理由をつけて人を殺す」ヒトについても考えてみた。

 
 暴力(いじめも)や殺戮がない人間の歴史はこれまでない。こんなに同じ種同志を痛めつける生き物は他にいるのだろうか?縄張り争いや己の種の保存のために戦うイキモノは多いが、これほど完全に同じ種同士の息の根を止めるイキモノになった理由は何か。

 ライオンはライオンを殺さない。 (ライオン、サルなどは子殺しをすると隣の人に指摘されました。でも実の子は殺さない)

 ヒトは人を殺す。それも親子、兄弟をも。

 何がこのことを分けたのだろうか。そして、それを人は変えられないのだろうか。


 Salsaの仮説・・・「同じ」を認識できなくなった生き物=ヒト
 (お断り:勝手な妄想でございます)

 生き物は何かに接触したときに「おまえはおれか?」ということを確認してはいないだろうか?さらに「おまえはどれほどおれか?」も測ってはいないだろうか?「同じ」だと認識されればその存在意義は尊重され殺したりはしない。

 ヒトはこの「他との差異、差分」を己の一代のうちに縮める欲を持ったのではないか?すると「同じ」よりも「違い」が優先的に自己を強くしていく。

 ヒトは、「違い」が気になってしょうがない。それは向上心にもなり、生きる目的にもなる。だが、プレッシャーにもなり、ストレスにもなる。これに耐えられないとなると「違い」の存在を無くしてしまえ!という心理が働くようになった。究極、親子や兄弟などという「同じ」という認識が微塵もなくなり、ヒトは人を殺せてしまう。

 ことばでは「同じ人間同士」などと言うが、日常的にそんな認識を自分以外の人間に優先的に感じているだろうか?道路ですれ違う人とでさえ、常に「違い」を感じていないだろうか?この性が密閉され続けるとある時爆発し、集団化すると戦争となるのではないか。

 「違い」ばかりを見ていては孤立するので、「違い」を見ない行為「愛する」という意識も発達した。でもそれは「同じ」と認識することとは異なり、「違い」に目を伏せるということ。

 などとつらつらと考えた。

 ヒトをサイエンスしようとしても、自分を否定できない脳は答えを出すことはないだろう。
 ヒトであるというリスクから逃れられないとみた。

 とは言え、人間はなんだかの英知を持って、この難問を解けないのだろうか?せめて軽減できないのだろうか?

« なぞなぞの答え | トップページ | 今朝の妄想から転じて »

コメント

あけましておめでとうございます。色々と悩み多いご様子ですが、高校物理レベルですら平気で「ちょっとよく判らなくて」と言って憚らないメディアに泣かされている身としては、科学技術コミュニケータの存続の可否は他人事ではありません(メディアの皆さんごめんなさい)。

ところで、僕は生命の最も自然な姿は貧困と暴力であり、これを曲がりなりにも管理することに成功した生命は人類だけだと思っています。大概の生物は殺しあいますよ。母方の実家では鶏を飼っていましたが、鶏の苛めは凄惨です。相手が死ぬまで集団で羽を毟りますからね。現代社会に住んでいる人間と同じ密度で詰め込んでも殺し合いを始めない生物は、人間以外には存在しないです。

人間は、社会のルールにより暴力を管理することに生物として初めて成功しました。暴力を管理できて初めて富を蓄積することができるようになりました。富を蓄積できて初めて社会が豊かになりました。社会が豊かになって初めて人権が尊重されるようになりました。今の日本以上に人権が保障されて豊かな社会は、世界中にも歴史上も存在しません。こういう社会を僕たちに残してくれた先人に感謝しています。

最近、高校生や中学生を相手に講演させて頂く機会が多いのですが、まず、こういう恵まれた社会を僕たちに残してくれた先人に感謝することから始めなさい、と言っています。感謝したら、その社会から応援される仕事をして社会に貢献することを考えなさい。社会に貢献できたら、その社会を受け継いでくれる次世代を元気にしなさい。元気な次世代に社会を受け渡したら、みんなで順番に死んでいきましょうね、と続きます。子供たちの目が次第に輝いていく様を見るのは嬉しいものですが、その反面、この子達は今まで、人間は録でもない生き物なんだよ、日本は恥ずべき国なんだよ、今の社会は何の希望も無い酷い社会なんだよ、と言い聞かされて育ってきたんだろうなと思うと可哀想になります。そんな教育を受け続ければ、先人への恨み、そんな社会に自分を産んだ両親への恨みが芽生えるのは当然だし、親を殺してみようかと思うのも無理は無いです。

野生の生命に対する盲目的な信仰ってどこにルーツが有るんでしょうかね。生命なんて、そんなに綺麗なものじゃないですよ。猛禽類は最初に孵化した雛が後から孵化した兄弟を皆殺しにしますからね。

永田様、コメントありがとうございます。メディアのセンセーショナルな取り上げ方に流されるつもりはなかったですが、結果その傾向は否定できなく。
 書いてから、「あのイキモノも同じ種を殺す」と後から気がついて、隣人にも指摘され冷や汗してます。むしろその残虐性がヒトには残されてしまったという話に転換しなければならないと、新たなエントリーを書こうとしております。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144315/13352727

この記事へのトラックバック一覧です: 人を殺すヒトというイキモノ(修正あり):

« なぞなぞの答え | トップページ | 今朝の妄想から転じて »