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大学生の教育(一夜明けてみて修正あり)

(一夜明けてみて、、そうとう眠い中書いていたことが判明。こりゃいかんと思って書き加えました)


 ここのところ、教育について思うことが多くなってきました。
 その中で、一番あきらめの境地の彼方の「大学生の教育」なんて、この私が考えるようになったのですから世も末です。(笑)だって、手の出しようがないもの。

 自分も含め、大学生時代は勉強しに行っているのか、羽伸ばしに行っているのかわかりませんでしたが、教育手法に関して特に大学時代に新しさは感じませんでした。(ずいぶん前の経験ではありますが、さほど大きく変わってないのでは?) 先生が話す講義を聞く、実験をする、レポートを書く、4年でゼミがあって、卒論を書く。。。うーーん、他に思い出せません。

 で、大学4年の時にすでに就職が決まったメーカーにインターンシップのような1週間の研修(体験就職)に行きました。これがけっこう楽しかったのを覚えています。いろんな大学のそれも理系が集まりますし、それまで天然記念物的にしかいない工学部の女子が各校から集まるのですからつながりができてうれしかったですねぇ。で、「おーー会社ってこんなところなんだー。お父さんはいつもこんなところに行っているわけね。」などと物珍しいことの連続でしたね。バイトとは違う印象で会社というものに触れられました。その上、日当が出たのでした。

 4月になって始めて正社員として入って、新入社員研修というのがあり、私はこの研修が大学時代の何倍も濃かった印象を持っています。(よっぽど薄かった学生時代とも言えますが。。。)1ヶ月受けたでしょうか。一言で言うと「実用的」だったのです。それが面白かった理由かな。

 大学を出て、社会を巡ってから(かなり長い巡りでしたが)、今また学びなおしているわけですが、「これを学びたい」という欲する気持ちで学ぶと、吸収力が違うなぁと思っています。記憶力の低下とのせめぎ合いでもありますが。

 受けてみて、CoSTEPの講義や演習などは大学や大学院のカリキュラムにしたらいいのにとずっと思っていたのですが、最近、よーーく自分が学生の頃を振り返えってみると、そうでもないのかなとか思うようになりました。

 欲していない時期(人)には、その実用性や役割など実感が湧かないのではないかなと。科学技術コミュニケーションについて知りたい、学びたいと欲する時期に出会えたならツボにはまると思うのですが、カリキュラムとして強制的に与えられてもだめなんだろうなと。
 
 ただですね、それって別に科学技術コミュニケーションにだけ言える話じゃなくて、どんな科目にも言えるわけです。 学生は「欲していない勉強」を受けてもつまらないですよね。先生にしたって「学びを欲していない学生」に講義したってつまらないですよね。(慣れているというのも恐ろしい)
 高校までは学校が決めるカリキュラムで授業を受けるのが当たり前だと思っていますが、大学もそのままでいいのかしらって思ってみました。単に選択性とか、単位のためとかではなくてですね。。。「欲する」、「疑問を持つ」ことに目覚める環境って作れないものかなと。

 究極。。。学生と大学で共にカリキュラムつくる範囲があったらどうなのかしらん?(めんごくさそうーー)でも欲する気持ちと先人の知識が出会えたら有効な時間になるのでは?あさはかかしらん。

 あと、新入社員研修の前倒しを大学内でできないものですかねぇ。アルバイトも社会勉強だったりもしますが、大企業の新入社員研修とはちょっと違います。モードが変わるもん。

 実は、それに近いことをやっている大学があります。友人の娘さんが行っているのですが、実用性を重視した演習に果敢に力を入れている関東圏の私立大学があります。その娘さんもものすごい面白そうに勉強しているんですよね。1年生の半ばころには自分のことばで経済のこと、国際社会のことが社会人と語れる状態になっていたのにはびっくりしました。そんなですから、就職に強いのは言うまでもありません。

 これから少子化で、大学が選ぶ時代から、大学が選ばれる時代へとなりつつある中、単に有名大学という名の下に鎮座していられなくなるのは必須だと思うのです。社会も有名大学出身というだけでは採らないわけですし。そんなリスクを背負う会社は潰れるでしょうから、はいれても逆に危ないですよね。

 そんなことを大学だけで考えてもきっと限界があるのかな?もちっと社会人教育への橋渡しとか、知の活用法とか、協同性とかも身に着けるとか、疑問を発せられる修行とか、人に伝える練習とか、、、、あれれ、、、「大学生の教育」の社会における役割って何でしたっけ?やっぱり迷走してきましたので、この辺でやめときます。ごめんなさい。

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コメント

私は教員養成系大学にいましたが、教員的な実践の授業がとても多かったと思います。周りは先生になりたい人ばかりですから、必死に受けていたんだと思いますが、私はあまり真剣に先生になろうと思っていなかったので、苦痛でした。適当にこなしていました。でも、大学院に行ってから高校の講師をするようになってその大切さがわかりました。しかし、時間は戻ってこない。もったいなかったと思います。でも、その授業を受けていなければ、そのことに気がつかなかったでしょう。
教員養成系でない大学でも教員免許は取れますが、あまり教育の実践的な授業が無いと聞きます。単位を集めて、2〜3週間の教育実習だけでとれてしまう。学生からもう少し実践的な授業があったら、との声も聞いています。
大学教員も然り。もうちょっと教育が出来るようになってほしい先生もいます。

かといって基礎学問を否定しているわけではないのですが、もうちょっと「この勉強は将来何に役にたつのか」を明確にできるようになっていけばと思っています。こころが豊かになるという解もアリで。

いろんな学科、いろんな大学によって違うのですよね。手に職とか資格を目指していたり目的があるとがんばれるのかな。そうですねぇ、「目的意識」これが肝心かもしれませんね。

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